ビーチコーミング関係は別ブログに引っ越しました。こちらでは日々の出来事を写真とともに紹介します

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在宅ターミナルケア2 ~父のこと~

私が、自宅で父を見送ろうと決意したのも、父という人間を娘として尊敬しており、父の凛とした人生を最後まで父が思い描いていたように送るための手助けをしたいと思ったからです。

まず、このテーマを書くにあたり父という人物像をお話しようと思います。これは、あくまでも長女である私から見た父であり、実際はもっとたくさん色々な面を持っている人だったんじゃないかと思います。


とにかく父は、自分の人生ポリシーをしっかりと持っていました。これは、父が幼年期からずっと描き続けてきたものであり、誰がどんな事をしても絶対に破壊する事が出来ないくらい物凄く強いものでした。

人生を20・40・20に分け、最初の20年は学ぶ期間。 そして次の40年は、仕事を持ち家庭を持ち全力で社会に貢献する期間。そして、最後の20年は、社会から引退して老後好きな事をして過ごす期間。最後の20年を充実させるために先の60年があり、本当の人生は最後の20年なんだって。父は、その最後の20年を過ごすために、この地に土地を買い家を建てました。そして、長年自分が作り上げた会社の管理職の座をあっさりと捨て、60歳で引退しこの地に移り住み、自分の老後を満喫していました。


そして、もう一つ、父は健康保険を一度も使った事がない人でした。健康保険を生まれてから一度も使った事がないというのは、どういうことかと申しますと、一度も病院に行ったことがないんです。歯医者も、検診もやった事がありません。とにかく、医者嫌いで、いかなる病気もそれまでは、気力で治してきました。自分が主治医です。

父が、何故病院に行かなかったのか。とにかく、病人になりたくなかったのだといいます。そのために、健康管理はしっかりとしていました。ストレスをなくし、適度な運動、そして食事。父は、そういう生活を送っており、病気になった場合は、それは運命だと考えていました。このような生活を送っていても病気になるのは、それは寿命なのだと。

私は、実家とは車で15分の距離に住んでいますが、父は本当に自分のやりたい時にやりたいことをしていたので、実家に行っても父は留守という日が多かったです。 

しかし、去年あたりから、娘から見て、父の具合が明らかに悪いと感じ始めました。そして、今年になり、血痰が止まらなくなり、胸の痛みも出てきたらしいので、何度も何度も父に病院に行くようにお願いしましたが、その度に断られていました。

まだ、釣りやゴルフに行けるんだから、大丈夫だとその度に言っていたのですが、とうとう7月の初めに、もうゴルフには行けなくなったと父が言った時に、もうそろそろ父が危ないと悟ったような気がします。
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きいこ

Author:きいこ
千葉県房総半島の端っこでのんびり暮らしています。主婦からパートのおばさんになりました。 大学生と高校生の子供がいます。

趣味はビーチコーミング ビーチコーミングは別に専門のブログを立ち上げました。

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きいこのビーチコーミング日記


実家の父の在宅介護記録もあります。父の介護を通して家族の在り方などをつづっています。

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