ビーチコーミング関係は別ブログに引っ越しました。こちらでは日々の出来事を写真とともに紹介します

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祝! PTA役員卒業その2   PTA広報紙について

今日の地方紙に県PTA広報紙コンクールの代表を決める予備審査会が行われたという記事が載っていた。私が関わった息子の中学の広報誌もエントリーしていたが、もちろん落選。 ってなぜ「もちろん」なんて書いたかというと、自分でも手抜きだって思っているから。 記事に書かれている「PTA広報紙なのに内容が学校新聞となりつつある」というダメだしにもろあてはまっているし。


PTA役員の大半はPTA新聞を作る仕事をしていた。 仕事自体嫌いではなかったのと、やる人がいなくていつも最後まで残るから。 で、この仕事をずっと続けているうちに、PTA広報紙の在り方が非常に難しくなってきていると実感している。 今回市代表に選ばれた2つの学校の広報部員さんは非常に努力していらっしゃるのだと思う。 その学校のPTA活動の意識の違いなのか、それともリーダーがしっかりしているのかはわからないが、きっと部員さんが一丸となってポジティブに活動を続けているのだろうと思う。


小学校の広報部時代、広報紙はカラーの方がきれいだからという理由で、印刷会社に委託していたものを自分たちで印刷して作っていた。 もちろんそれは予算の問題があるからだ。 年3回の発行をカラー版なんかにしたら膨大な金かかりますから。 しかし、編集、印刷作業は非常に時間がかかり(印刷機が古いため500部印刷にものすごく時間もかかった)知らぬ間に「広報部は集まる回数も多いし大変」と言われるようになり、役員のなり手がなくいつも最後までやる人がいないはずれくじの部と化してしまった。 私は、達成感が味わえたので楽しかったけど(一部の部員さんは楽しんでくれた)やっぱり支持されているのかどうかはわからなかった。 少なくとも学校全体では支持されていなかったのではないかと思う。 結局自分が役員をやれる最後の年は再び業者委託に戻した。


中学は年2回の発行で業者委託。小学校に比べて格段に楽。で、初めて広報紙研修会なるものに参加した。そこで、新聞社の人達の新聞づくりの話を聞いて理想のPTA新聞について学んだ。 こういう新聞を作りたいって思ったけど、今のPTAじゃ絶対無理だってすぐに思った。 自分ひとりでできるものではないし、そういう新聞作りをしようと部員を動かす気力もなかった。 というのも、PTA活動の簡素化に力入れている現状だから。 今の親たちはほとんど仕事を持っている。 私もパート勤めを始めたので、働く親の立場も分かる。 PTAに力を入れられたのは、専業主婦だったからという要素が大きい。 仕事を持つ親特にフルで働いている親たちは、主に平日の昼間に活動をするPTAに休みを取って出るのはとても大変。はっきり言って有給をこういうものに費やしたくないという気持ちは痛いほどわかる。(子供の病気、学校行事、自分の病気など大事なことに使いたいでしょうからね) 

理想のPTA新聞は、写真や生徒や先生からの投稿だけではなく、自分たちの足で稼いで取材をして、自分たちの目線で記事を書く。見出し、写真のレイアウトなども、いろいろ学んだが、それをやるには時間や情熱が必要。 仕事を持っているのに役員を引き受けてくれた人たちに、これを強要しようなんてさすがに自分にはできなかった。

はっきりいって、中学の広報誌制作作業はあまり楽しくなかった。自分自身の中で、とにかく新聞を作るということしか頭になかったし、新たに何かを生み出そうという気持ちもなかった。 やったことと言えば、2回の広報誌の名前が違っていたので、なぜ違っているのかを調べて、名前を統一したことだけ。


全国のPTA広報紙にかかわっている人たちは、どうやって新聞を作っているのかなぁ。学校新聞じゃない本来のPTA新聞が作れない今、果たしてPTA広報紙の意味ってあるのだろうか? いろいろ自分の中で疑問はたくさんあったが、結局消化しきれないまま卒業します。 
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祝! PTA役員卒業その1  終わった後の率直な感想

息子が幼稚園の年長さんの時に初めてPTA役員とやらを受けて以来、ほぼ毎年何らかの役員をやっておりました。息子が中学を卒業と同時にようやく私も卒業です。(高校は免れました。)


で、率直に役員をやっていて良かったか?って聞かれたら、即「良かった」と答えられます。たぶん、役員をやっていて自然と身についたことがいろいろあったからだと思うから。 


なにせ、毎年4月に行われる恐怖の役員決めの時のストレスが全くなくなったから。 

「役員になったらどーーしよう。絶対にやりたくない。 PTAの役員さんって強そうだし恐そうだし、私ついていけないかもしれない。 っていうより、面倒だし。子育てだけで大変なのに、嫌だよ。 あ~心臓がドキドキしてきた。 誰かやってくれないかなぁ~」 って思っていたのがいつの間にか・・・

「おーーい、誰もやらないの。 このしーーーんと静まったいやーーーな空気何とかならないものかねぇ。私去年やっているんだけどなぁ。 誰もいないの~ 帰れないじゃん。 あーー、もう誰もやらないなら私やるよ~」

ってなっちゃったわけだから、この気持ちの変化だけでも知らない間に自分が変わっていたわけで。 というかね、それによってストレスってものがなくなってしまったわけなんだわ。


なんかね、人間って自分が良くわからないものに対してとか、自信のないものに対してものすごーーくストレスを感じるんだよね。 実際、自分が自信のないものに対してのストレスは今でも沢山あるし。 じゃあどうするかというと、まず本質を知る。 そして、経験をして少しずつ慣れていくことによって、自信ってのがついてくる。 ま、PTA役員を通じて自分が変わったのはその部分。 まあ、それは一つの経験として、いろいろな部分で役に立っている。 



今でも覚えているんだけどね、幼稚園の時初めて役員を受けて、ジャンケンで負けていきなり厚生部部長よ。 目の前真っ暗で、同じく突然文化部長になった友達と二人で幼稚園の奉仕作業の草取りの時に「どーーする。 何かあったら二人で頑張っていこうね」って暗ーーく落ち込みながら草取りしていたことがあったっけ。で、一年やり終えたら、なんだ結構楽しかったかもって、二人で笑ってランチしたっけな。 たぶん、役員を逃げ回っていたら、その時の自分から脱出できていなかったと思うし、今私の周りにいるポジティブな友人たちとも出会うことはなかったかもね。 


役員活動を通して出会った友達は、みなさんポジティブ。 はっきり言って役員はボランティア。報酬があるわけでもないのに、自分の貴重な時間を費やして子供や学校の為に何かをするわけだから。でも、それをやっている人たちはやっぱり、考え方が前向きなんだと思うよ。 まあ、中には愚痴オンリーの人もいろいろいたけれど、まあそれはそれで面白かった。 でも、嫌々文句を言いながら仕事するよりも、楽しみながら仕事しているほうが、やっぱり人生楽しい。 


ま、役員生活を長年やってきた率直な感想です。 PTA役員になってしまって、今後真っ暗だと悲観的な方々、大丈夫やってみたら結構楽しいものです。 ま、それも自分がどこに気持ちを置くかにもよりますけどね!!



合格発表掲示板の前で母フリーズ

息子、ポンタくん。公立高校受験、前期は見事に桜が散り、後期に同じ高校を再チャレンジ。で、今日がその結果の発表日。 まあ、前にも書いたけど、ほとんど受験勉強っぽいことをせずに、のらりくらりと過ごし、とりあえず体調を崩さないで受験できたので、その時点で受験生の母は終了。 もう、仕事忙しいので、気をもむ暇もなかったわけで・・・  


で、今日もお仕事。 前期と同じく落ちた場合に学校から連絡がくるそうな。姉ちゃんの時は、合否の結果を携帯電話で知らせてくれたのに、ポンタは「めんどくせぇ~ そのために携帯持って行くのかったるい」との理由で本人からの連絡は全く期待できず。 学校からの電話を仕事しながら待つのは嫌なので、やっぱり掲示板を見に行くことに。 


さて、掲示板の前についたら、合格者の受験番号がずらり・・・ 9時半すぎていたので、ほとんど人はおらず。しーーーんとしてました。 全然活気がなく、ただのお知らせ掲示板みたいな感じ。 さて、ポンタは合格しているのかな?と番号を見ようとして、その場でフリーーーーズ!!!!


ポンタの受験番号何番だっけ??? 


前期は「222」 覚えやすい番号だねぇ~ これなら忘れっぽいお母さんも忘れないから良いわねぇ~って話をしたくらい良い番号。 もちろん掲示板には「222」はない。(前期合格者の番号も一緒に掲示されている)


そうそう、良く思い出せ。ポンタと受験番号の話をした時の事を! その時の第一印象は覚えにくい番号だねぇ。次に500人も受験するんだねぇ。次に最後の桁が2番だったので、2番に縁があるねぇ~って話をしたぞ。 ということは、5〇2番。 受験番号を見る 「502、512、522、532」全部ある! よっしゃ、合格だ。 しかしなぜか、心から沸く感動がない。 まあ、自分じゃないからなのかもしれないけど、やっぱり確信が持てないからだったんだろうね。一応旦那にもメールで「たぶん、合格したんだとは思う」と連絡。 


私、普段からこんな奴なんだけど、本当に心からこんな奴なんだなって確信。 なんで、こんな奴なんだろうって思ったのだけど、こんな奴なんだからしかたないんだなって思ったわ。 ポンタも私と似てるから、やっぱり親子なんだろうね。


さてさて、めでたく合格したポンタくん。 喜んでいるかと思いきや、全く変わらず。 いつもの日常と同じでございます。 冷めてるわぁ~  そして、今日彼はめでたく15歳になりました。







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プロフィール

きいこ

Author:きいこ
千葉県房総半島の端っこでのんびり暮らしています。主婦からパートのおばさんになりました。 大学生と高校生の子供がいます。

趣味はビーチコーミング ビーチコーミングは別に専門のブログを立ち上げました。

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きいこのビーチコーミング日記


実家の父の在宅介護記録もあります。父の介護を通して家族の在り方などをつづっています。

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